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福岡高等裁判所 昭和51年(ネ)182号 判決

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)

池尻勇

右訴訟代理人

山口伊左衛門

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)

佐藤静香

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)

岡田聆

右両名訴訟代理人

多加喜悦男

主文

一  控訴人の被控訴人らに対する本件控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき、原判決中各被控訴人関係部分(原判決主文第一及び第二項)を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人佐藤静香に対し、金二三一万八〇〇八円及び内金四九万二五二〇円に対する昭和四七年二月三日以降、内金一八二万五四八八円に対する昭和五三年一〇月一日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人は被控訴人岡田聆に対し金三八万円及びこれに対する昭和四七年二月三日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

各被控訴人の控訴人に対するその余の請求及び附帯控訴に基づく請求拡張部分を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇〇分しその四六を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

四  本判決主文第二項各被控訴人勝訴部分は附帯控訴に基づき拡張した部分についても仮に執行することができる。但し控訴人が被控訴人佐藤については一〇〇万円、被控訴人岡田については二〇万円の担保を供するときは右各勝訴部分についての仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。各被控訴人の請求及び被控訴人佐藤の附帯控訴に基づく拡張部分請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、附帯控訴に対して、附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人ら代理人(以下被控訴代理人という)は、「控訴人の本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、附帯控訴として、「一 原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。控訴人は、1 被控訴人佐藤静香に対し、金六六二万一、〇〇〇円及び内金二二七万四、六〇〇円に対する昭和四七年二月三日以降、内金四三四万六、四〇〇円に対する昭和五三年一〇月一日以降各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。2 被控訴人岡田聆に対し、金七六万円及びこれに対する昭和四七年二月三日以降支払いずみに至るまで年五分の割合いによる金員を支払え(当審において附帯控訴に基づき被控訴人佐藤の控訴人に対する請求を右のとおり拡張した。)。二 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に掲げるほか、原判決の事実摘示(〈中略〉)と同一であるからこれを引用する(〈中略〉)。

一  被控訴代理人は、次のように述べた。

1  控訴人が、その所有地のうち宅地造成した範囲は別紙第一図面表示の控訴人造成地と記載してある赤斜線で表示した部分であり、立木を伐採した範囲は同図面表示の控訴人伐採地と記載してある赤線で囲まれた部分である。同図面中青線で表示してある箇所は、最も低い谷状をなしているから、控訴人造成地に降つた雨は右青線に沿つて流下した筈であり、右雨水が被控訴人ら所有造成地に流入したとは考えられない。仮に、右雨水が鉄砲水となつて被控訴人ら所有造成地に流入したとしても、それが控訴人所有地の降雨によるものか否か、控訴人所有地の宅地造成工事に起因するものか否かは、不明である。

2  次に、本件溜池の一部が埋没したのも控訴人の宅地造成工事とは関係がなく、むしろ被控訴人佐藤の宅地造成工事が不完全であつた点に固有の原因がある。

仮に、本件溜池の一部埋没につき控訴人にも責任があるとしても、被控訴人佐藤はその主張の復旧工事を現実に施行していないから、右工事費相当の損害は発生していない。

3  二3の被控訴人佐藤の主張事実を否認する。被控訴人らは、昭和五〇年頃から同五三年秋頃までの間に別紙第一図面表示の被控訴人造成地の宅地造成工事及び右造成地の西側に下方(南方)に至る道路造成工事を施行したが、右宅地造成工事に当り上方(北方)の土砂を下方(南方)の本件溜池(上ノ池、又は菜切上池)方向に押し上げるとともに他から土砂を運び入れ、本件溜池の北側の一部を取り込んだ形で埋立てをしたのであつて、被控訴人らが本件溜池の浚渫復旧工事をした事実はない。そもそも本件溜池は、昭和五三年三月一六日北九州市の所有として保存登記されているから、同年七月頃浚渫工事をするためには、北九州市長の命令が必要であるが、右命令が発せられた事実がないので、この点からみても被控訴人らはその主張の復旧工事をしていないはずである。

二  被控訴人は、次のように述べた。

1  一1の控訴人主張事実中、控訴人がその所有地のうち宅地造成をした範囲及び立木を伐採した範囲がおおむね控訴人主張の範囲であることは認めるが、その余は否認する。控訴人所有造成地に降つた雨は別紙第二図面表示の赤線のとおり南下し、被控訴人所有造成地に流入した。

2  一2の控訴人主張事実を争う。被控訴人佐藤は後記のとおり本件溜池の埋没復旧工事を施行し、工事代金を支払つた。

3  被控訴人佐藤の主張

被控訴人佐藤は、本件溜池の埋没復旧工事を共和工事こと谷口清守に請負わせて完了し、その代金として同人に昭和五三年七月三一日金一〇〇万円、同年八月三一日金一五〇万円、同年九月三〇日金一八四万六、四〇〇円、合計金四三四万六、四〇〇円を支払い、同額の損害を蒙つた。

よつて、控訴人に対し、被控訴人佐藤は前記引用にかかる原判決事実摘示のうち請求原因6の(一)ないし(六)及び(八)、(九)の損害金合計二二七万四、六〇〇円と本件溜池の前記埋没復旧工事代金の損害金四三四万六、四〇〇円とを合算した金六六二万一、〇〇〇円及び内金二二七万四、六〇〇円に対する被控訴人佐藤が控訴人所有地につき不動産仮差押決定を得た日の翌日である昭和四七年二月三日以降、内金四三四万六、四〇〇円に対する前記最終支払日の翌日である昭和五三年一〇月一日以降各支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被控訴人岡田は前記請求原因6の(八)、(九)の各損害金合計七六万円及びこれに対する本件事故後である昭和四七年二月三日以降支払いずみに至るまで前同率の遅延損害金の支払いを求める。

三  証拠〈省略〉

理由

一控訴人が北九州市小倉南区大字葛原字ハリノ木谷五一六番二七山林九九平方メートルを所有していることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、同番一一、同番四四、同番四一、同番三三の各原野が被控訴人佐藤の所有に属していることが認められ、〈証拠〉によると、同番四五の原野が被控訴人岡田の所有に属していることが認められる(以下右各土地及びその関係土地は字を同じくするので地番のみを略記する。)。

二右各土地が足立山麓の傾斜地をなして、控訴人所有の五一六番二七の土地が被控訴人佐藤所有の前叙四筆の土地及び同岡田所有の五一六番四五の土地の上方標高差約五〇メートルに位置していること、右控訴人所有地が丘の頂上をなす雑木林で、宅地造成工事規制区域であつたところ、控訴人が昭和四六年初頭から北九州市長の許可を受けずに右土地の宅地造成に着手したことは当事者間に争いがない。

三〈証拠〉を総合すると、控訴人及び被控訴人両名所有の前叙各土地は標高597.8メートルの足立山の南側山麓に位置し、その関係位置は下方(南方)の被控訴人佐藤所有の前叙四筆の土地及び同岡田所有の五一六番四五の土地から順次上方(北方)に同番三〇、同番一六ないし二二、同番二七(控訴人所有)の各土地が所在していること、右控訴人所有地周辺に降つた雨水はその西方の水路に流れ込んで南下していたこと、控訴人は前叙宅地造成に着手するに当り、その所有の五一六番二七の土地及び右土地の南側(下方)にある控訴人の兄池尻治所有の同番二一の土地の立木を伐採し、同番二七の土地の土砂及び木の根を同番二一の土地に押しならしたが、その際前叙水路を埋めてしまつたにもかかわらず控訴人は何らの排水設備も設けなかつたこと、以上の事実が認められる。右認定の事実関係に照らすと控訴人は、その所有地の宅地造成をする場合には右土地及び周囲の土地の地形及び状況が既に認定したとおりであるので宅地造成によつて土地の保水力や雨水の流出水路が変更するのに対応して下方の土地に降雨による被害が発生しないような適切な排水設備を設けるべき注意義務があるにもかかわらず右注意義務を怠つた過失があるというべきである。〈証拠判断略〉。なお、〈証拠〉によると、控訴人が立木を伐採した面積は約二二〇〇坪(約七〇〇〇平方メートル)でありそのうち宅地造成した面積は約九〇〇坪(約三〇〇〇平方メートル)である事実が認められ〈る。〉

四〈証拠〉によると、北九州市に昭和四六年七月二〇日に三〇ミリ、同月二一日に三五ミリの降雨があつた事実が認められる。そして、〈証拠〉によると、その頃控訴人所有の五一六番二七の土地及びその周辺の右降雨及びその流出に伴う土砂が控訴人の前叙過失のため別紙第二図面表示のほぼ赤線の矢印方向に溢出し、被控訴人佐藤所有地及び同岡田所有地に鉄砲水となつて流れ込みそのため被控訴人佐藤所有地の道路、石垣、側溝及び土地の各一部並びに被控訴人岡田所有地の石垣の一部が流出あるいは崩壊し右土地の流出による土砂等のため本件溜池の一部が埋没した事実が認められ〈る。〉

五本件出水事故により被控訴人らが受けた損害につき判断する。

1  被控訴人ら所有の前叙各土地復旧工事に要した損害

〈証拠〉によると被控訴人佐藤静香が前叙同被控訴人所有地の道路、石垣、側溝及び土手並びに被控訴人岡田所有地の石垣の復旧工事をした事実が認められるところ、〈証拠〉によると、被控訴人佐藤が北九設備工業有限会社に右復旧工事を依頼し工事代金として昭和四六年八月一〇日二〇万円、同年一二月二〇日二〇七万四六〇〇円総額二二七万四七〇〇円を支払つたことが認められる。しかし、〈証拠〉によると池田豊が被控訴人佐藤から同被控訴人所有地及び被控訴人岡田所有地の石垣造成工事を請負い昭和四五年四月頃完成した際は石垣造成工事の単価が一平方メートル当り四〇〇〇円であつた事実が認められるのに前掲甲第一三号証による石垣復旧工事の単価は一平方メートル当り八〇〇〇円であり、〈証拠〉によると池田豊が被控訴人佐藤から同被控訴人所有地等の土羽打工事を請負つた際の工事面積は四〇〇平方メートルであつた事実が認められるのに右甲第一三号証の土羽打工事の面積は四九〇平方メートルであり、甲第一三号証記載の諸雑費は本件事故による復旧工事との関連性、必要性が明らかでない。以上のことを考慮すると、被控訴人佐藤静香が同被控訴人所有地の道路、石垣、側溝及び土手並びに被控訴人岡田所有地の石垣の復旧工事の代金として支払つた前叙代金総額二二七万四六〇〇円から諸雑費一〇万七四〇〇円を差し引いた二一六万七二〇〇円の二分の一である一〇八万三六〇〇円をもつて本件出水事故と相当因果関係のある損害と認める。なお、右代金のうち被控訴人岡田所有地の石垣の復旧工事分(前顕甲第一三号証記載の上段西側及び南側石垣工事)として支払つた合計七六万円の二分の一に当る三八万円は被控訴人岡田聆が負担すべきものであるから、同被控訴人の損害というべきであり、これを差し引くと被控訴人佐藤の損害額は七〇万三六〇〇円となる。

2  本件溜池の一部埋没による損害

〈証拠〉によると、被控訴人佐藤は同被控訴人所有の前叙各土地及びその周辺の土地の宅地造成に際し昭和四四年八月二四日日本件溜池(菜切上池)を含む中谷池水利系の五つの池の総代(管理者)中原守及び水利権者代表者瓜生正成との間において、被控訴人佐藤は右宅地造成工事に当り土砂が本件溜池等に流入した場合には直ちに復旧工事をすること等を内容とする契約を締結したこと、その後右宅地造成工事の過程において生じた土砂が徐々に本件溜池に落ち込むことがあつたが、本件出水事故によつて生じた土砂が一度に本件溜池に流入し、それまでに池の底に堆積した土砂の総量は約八三〇立方メートルとなつたこと、被控訴人佐藤は前叙契約に基づき昭和五三年五月頃から同年八月頃までの間に共和工事こと谷口清守に請負わせて本件溜池の浚渫工事及び土砂流入防止のための擁壁工事をし、その代金として右谷口に対し、昭和五三年七月三一日一〇〇万円、同年八月三一日一五〇万円、同年九月三〇日一八四万六、四〇〇円、合計四三四万六、四〇〇円を支払つたこと、右浚渫工事は前叙中原守の指示に従い本件溜池の北側約三〇坪を残して施工し、浚渫部分と右残置部分との境に石垣の擁壁を築造したため、被控訴人佐藤は本件溜池のうち前叙約三〇坪に相当する土地を利得する結果となつたこと、被控訴人佐藤は前叙宅地造成工事完了後その一部である五一六番四五の土地を被控訴人岡田に売却したのであるが、右工事に当り排水施設が不十分であつたこと、以上の事実が認められ〈る。〉

右認定の事実関係に照らすと、本件溜池に流入した土砂の一部につき右流入は被控訴人佐藤のみの責に帰すべきものであるが、右流入部分と本件出水事故によつて流入した土砂との割合が明らかでなく、また同被控訴人は、本件溜池の浚渫工事に伴い前叙約三〇坪の土地を利得しているので公平の原則に照らしこれらの事実を考慮して、被控訴人佐藤が本件溜池復旧工事に支出した前叙工事代金四三四万六、〇〇〇円のうちその六割に当る二六〇万七、八四〇円を本件出水事故と相当因果関係のある損害と認める。

六前項2認定のとおり被控調人ら所有の前叙各土地の宅地造成に当り被控訴人佐藤にも排水施設を十分に施さなかつた過失があり、これも本件出水事故発生の一因になつたと認められるところ、その過失割合は前叙認定の各事実にかんがみ、同被控訴人が三割、控訴人が七割と認めるのが相当である。そこで、被控訴人佐藤の前項1、2の損害金合計三三一万一、四四〇円につき被控訴人の右三割の過失を斟酌すると、残損害額は二三一万八、〇〇八円となる。

七よつて、各被控訴人の本訴請求中附帯控訴による拡張前の部分のさらに一部を認容した原判決は相当であり、同拡張後の本訴請求中被控訴人佐藤が控訴人に対し二三一万八、〇〇八円及び内金四九万二、五二〇円(前叙五1の損害金の七割)に対する本件出水事故の日の後である昭和四七年二月三日以降、内金一八二万五、四八八円(前叙五2の損害金の七割)に対する最終支出日の翌日である昭和五三年一〇月一日以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被控訴人岡田が控訴人に対し三八万円及びこれに対する本件出水事故の日の後である昭和四七年二月三日以降支払いずみに至るまで右同率の遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。

八よつて、控訴人の各被控訴人に対する本件控訴は理由がないから、同法三八四条によりこれを棄却すべく、附帯控訴に基づき、拡張後の請求に符合するように民訴法三八四条、三八六条に従い原判決主文第1、2項を主文第二項のとおり改めることとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一、四項を仮執行の免脱につき同条三、四項を適用して主文のとおり判決する。

(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)

第一図面、第二図面〈省略〉

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